春不知
 春まで生きられないと聞いたのは、いつだったっけ。
 なんて、忘れたふりをしてみても、あの日のことが記憶からなくなることはない。僕の命が延びるわけでもない。肌寒くなり始めた季節、僕は、もう一年も生きられないことを知る。

 しかし「春」とは、いつから始まるのだろうか。病室から見える範囲でも、ぽつりぽつり桜が咲いているのがわかる。梅も桃も過ぎて、桜まで生きてしまった。いや、死にたくはないのだけれど。なんとなくそう感じる。
 適温というものに設定された室内は、まだ外よりも暖かい。ならば春はまだ先なのだろうか。僕もほら、生きている。春不知(はるしらず)もまだ、生き残りがいるようだ。
 彼ら春不知という昆虫は、気温が十度を下回ると卵から孵化し、冬の間を成虫で過ごす。そしてまた暖かくなると死んでしまうのだ。春を知らない、という名ではあれど、なぜ知りもしない春を冠することになったのか。名付けた人は、ずいぶんと皮肉なことをしたものだ。
 通気孔からか、換気扇からか。侵入経路は様々あるけれど、とにかく、春不知は食事終わりの僕の部屋に迷い込んで来た。春まで生きられない僕と、春になると死んでしまうこいつ。同じだと思った。
 生温い閉じた世界の中で、僕らはもうじき死ぬ。
 それは、彼の方が少し早かったみたいだ。十度なんて遠に超えた室温の中で、春不知が生きられるはずもない。徐々に弱り、動きが鈍くなっていた。飛ぶ力は早々に失ったようだった。部屋の中で最も涼しい窓にはりついて、もぞもぞと足を動かしている。時折、すべる。また上る。すべる。それを繰り返していた。やがて滞在場所を窓ガラスから窓枠に移し、下の方であてもなく動いている。
 僕はそれをじっと、見ている。見ている間に、奇妙なことが頭をよぎった。この部屋のぬるさが、僕らを死に至らしめるのではないか、と。馬鹿馬鹿しいとは思う。病気と、寿命だ。そんなはずはない。けれどどうにも、浮かんだ考えを捨てることができない。その間にも、春不知の死は、僕よりも着実に迫っていた。もうほとんど動かない。思い出したように、飛べない翅を幾度か上下させる。ただそれだけのために、彼はまだ生きている。
 さて僕の仲間がやってきてから、どれくらい経っただろうか。ついに春不知は死んでしまった。この部屋の暖かさに殺されたのだ。窓枠でころりとひっくり返っている。僕は、死ぬ間際の彼のように、あまり動かない体で窓枠に近づいてみた。ベッドを降りるだけで、こんなにも疲れるとは。
 ここは、死に近い。
 大きな窓、下の方につけられた鍵を外す。開けるのに、力はさほど必要なかった。
 ああ、この空気なら春不知も生きられただろうに。
 冷えた風を吸い込むと、なんだかぬるい部屋よりも、生きている心地がした。やはり、暖かさが僕らを死に近づけていたのだ。
 窓枠から外へ、涼しい世界へと彼を落とし、僕もすぐに後を追った。