私のお人形さん

 夜明けは嫌いだ。太陽なんて昇らなければいいのに、とさえ思う。そんなふうに恨めしく思えば思うほど、夜は短くなっていくようだった。
 隣で眠るあなたの髪を梳いて、長い睫毛を指の腹でゆるく撫ぜた。くすぐったい。けれどこれが癖になる。そうして、けっして起きないあなたの、睫毛を食む。やさしく、ゆっくりと、色の剥げた唇で。
 おやすみなさい。夜にだけ命を与えられた私のお人形さん。

 おおよそ他の人間と同じように、私は父と母という人たちから生まれ出た。しかしながら父のことはよく知らない。母と並ぶ写真が一枚、居間に飾ってあるだけだ。しかもそれが父だとはっきり教えられた記憶もないから、もしかすると全く関係のない人かもしれなかった。
 私の母は魔法使いという存在らしい。町中の噂だから間違いないだろう。夜の間しか活動できない私の喜代彦も、彼女の作品だ。自分が好き勝手に家を空けて遊び回っているものだから、多少の引け目もあったのか。私がよく眠れるようにと彼を創って、そうして去っていったのが最後の記憶だ。それ以降彼女はこの家に帰っていない。
 代わりといってはなんだが、時折訪ねてきてはあれこれ世話を焼いていく女がいる。あれも母親の作品なのか、それとも雇われているような人間なのか。一言も口をきいたことがないからわからない。知らなくても不便はないし、向こうから干渉してくることもないので、ただの世話焼き女としてこの家の登場人物の一人となっている。
 がらんどうの家に、私と喜代彦だけが生きている。日が落ちれば温もりを宿す体も、朝になってしまった今は、固く冷たい。昼間はひとりぼっちになる。それが嫌で昔はよく家を空けていた。まるで母親のように。
 でも、もう違う。人形になってしまう喜代彦の隣に寄り添って昼を過ごす。頬をたどって、唇を寄せて、聞こえていない耳に愛を囁く。喜代彦。私だけのお人形さん。早く起きて。
 瞼の裏を焼くほどの日差しに目を細めれば、やがてそのまま自然と閉じていく。まどろみは私を孤独な昼から救い出す。けれどそれは一時的な気休めにすぎない。本当に幸せなのは、喜代彦の目覚める夜なのだから。
 一番星が瞬けば、彼は、目覚める。


 私の雇い主は、いえ、雇い主だった人の娘さんは、ちっとばかし頭のおかしな人でした。
 
 
 
 
 百人一首アンソロジーさくやこのはな参加作品  〇五二 明けぬれば 暮るるものとは 知りながら なほ恨めしき 朝ぼらけかな