殺人鬼ユリアン
 その少年は、血まみれの少女に出会った。まだ成人前だろうか、あどけない表情をしている。ただし、服や顔や腕のいたるところに血が飛び散っているが。生臭い。
「はじめまして」
 少女の方があいさつをしてきた。見た目にそぐわない、少し低めの声だった。
「ほら、マキくんもあいさつして」
 どうして今まで気づかなかったのだろう。その少女の腕に、頭が抱えられていることに。
「ごめんね。マキくんは恥ずかしがり屋で。私はユリアン。あなたは?」
「僕は」
「まあ何だっていいんだ。聞いてみただけ。うん、そうだねマキくん。この子とってもきれいだ」
 少女と同じく血まみれの頭。けれどそれは、いわゆる生首ではなかった。作り物、マネキンの頭部だったのだ。当然マキくんはしゃべることはできない。それでもなお少女ユリアンは、彼に話続けていた。そして少年は気づく。生臭いのが目の前の少女だけではないことに。
「どうしようか。もともときれいだもの。私は何もしなくていいみたい。マキくんもそう思うだろう」
「あの……」
「なに、どうかした?」
 まだ、陽は高い。なのにこの静けさはおかしい。
「村の人達は、どう、したんです。いたはずです。そんなに多くはないけど」
 声が、震える。
「あなたはこの村に住んでいるの」
 先程まで、楽しげに頭に話しかけていた少女の目が、うつろになった。恐ろしくなってうつむく。膝までしかない両足が目に入った。
「いえ。そうじゃなくて、友達が、いるんです。ここに。どこに行ったんですか。あなたは、誰ですか」
「そう。違うんだね」
 少女の真っ黒なワンピースが、風でほんの少しだけ浮く。きっとたくさんの血を染みこませているのだろう。あまり、動かなかった。
「私とマキくんはこの近くに住んでいるんだ。あなたはきれいだから特別。お家に招待してあげよう」
 赤色で装飾された笑顔に、少年は硬い表情しか返せなかった。それでも彼女は気にしていないようだ。マキくんに夢中であるために。
「ついておいで」
 少女は裸足だった。ところどころ斑点のついた両足を動かし、森の方へと進んでいく。ここで一目散に逃げられたらよかったのかもしれない。けれど、車いすに乗った少年には、逃げ切る自信がなかった。村人がどうなってしまったのかも、気になった。
 森の中では進みにくいだろうと思われた車いすだったが、踏み固められた細い細い道ができており、さほど心配することもなく到着した。彼女の家に。
「こ、れは……」
 突如、胃の中から何かがせり上がってくる感覚に陥り、少年は右側にそれを吐き出した。
「これ? これは剪定した結果だよ。ミロのヴィーナスは、腕がないからこその美しさだ。死に体を美しくした結果なんだよ。ああ、美しかったとも。誰も彼も。ねえ、マキくん。君もそう思うだろう」
 マネキンの頭を抱えた少女が、彼に話しかける。彼女の庭には、腕が、生えていた。村人は皆、腕だけの存在になってしまったのだろうか。体は、どこにあるのだろうか。
「おやおや。粗相をしてしまったようだね。それでは家の中には入れてあげられないな。残念だよ」
 今まで片腕に抱いていたマキくんを両腕で抱きしめた。そして、あごを頭の上に乗せる。
「どうだい。腕だけでも、それが腕だけならば美しいとは思わないか。これは、マキくんの案なんだよ」
 その、瞬きもしない彼が、そう言ったというのか。少年は、本能的にここから逃げなければ、と考えたが、どうにも腕を動かすことができない。息も、うまくできない。たくさんの腕の中に立ち、頭を抱えてほほ笑む少女。これを異様と言わず、なんと言おうか。
「きみが、ころしたのか。むらのひと、みんなを」
「んー、ころした、か。違うな。剪定をしただけだよ。いらないところを切った。それだけ」
 今度は、左側に吐き出した。
「そうだ。あなたは特別だもの。いいものを見せてあげよう」
 これ以上に「いいもの」など、あるものか。反論しようにも、少年は息をするのでせいいっぱいだった。そして、家の中へと入っていく彼女を見つつも、そこから離れることはできなかった。扉の横に立てかけられた、少女の背丈ほどもある剪定ばさみを見てしまったのだ。あれで、切られる。少女の体とは違って、一切汚れのない鋭い光を放つそれから、少年は目をそらすことができなかった。息を整えることしか、できなかった。
「おまたせ」
 着替えてきたのだろう。黒から桃色のワンピースへと替わっていた。もし今、背景が腕の生えた庭でなかったら。もし今、目の前にいる少女が殺人を犯していなかったのなら。彼女をかわいらしいと思うことができたかもしれない。けれど少年は、そのワンピースでさえ、血で染めたのかと考えてひとり、ぞっとしていた。
「あなたの言う村の人達はね、ここにいるよ。ほら、美しいだろう。ご覧よ」
 小さめのスケッチブックの中には、腕のないたくさんの誰かが鉛筆で描かれていた。マキくんを地面に置き、パラパラとめくって見せてくる。そのなかの誰もが、腕を切られ、壮絶な表情であった。色がないのが、せめてもの救いであった。見覚えのある顔が、赤色に染まる様を見ずにすんだのだから。
「色はなくていいんだ。私の視界はいつだって真っ赤に染まっているからね。もちろん、あなたも」
 もし彼女が……いや、もうやめよう。少年は、いっそこのまま気を失ってしまいたいと思った。目を覚ましたときに、全て夢になっていることを願った。
「さてさてさて。足のないあなたは、すでに美しくなっているね。腕でなくてもいいんだということに気づかせてくれてありがとう」
 どうして少年は、扉の側にあったはずの剪定ばさみが、彼女の背にあることに気づけなかったのだ。しかし、気づいていたとしても、きっと結果は同じだった。
「さよならだ」
 少年に、もう何かを言う気力は残されていなかった。きれいな顔で笑う少女ユリアンの手の中に剪定ばさみをみとめたが最後、だった。心臓を一突きしたそれは、車いすの背さえも貫き、そこいら中を真っ赤に染めた。
「マキくん、どう思う。腕はこのままでいいかい。……そうだね。このままにしよう。さあ、お絵かきの時間だ」
 マネキンの頭の隣に座り込み、車いすに縫いつけられたままの少年をスケッチし始めた。鼻歌交じりに、鉛筆を動かしていく。書き上げた場所から、なぜか、彼の存在が薄くなっているように見え始めた。

 これ以降、殺人鬼ユリアンの庭には、足も生えるようになった。