メリークリスマス!
 今年ももう終わろうかという頃、アッシュローズには新たな雪が舞っていた。すでに屋根も道も森も畑も、全部が真っ白に装飾され、吐く息もまた同じ色をしている。
「今日は一段と寒くなりましたね」
 暖炉に薪をくべながら、アルフが幾分か跳ねた声色で言った。
「そのおかげでうるさいやつが一人減るといいんだがな」
 それには少しだけ声を出して笑う。パチパチと音をたてて燃えていく火の明かりに照らされた横顔は楽しそうだった。
「でもリックさんが来てくれたら、お料理がとっても豪勢になりますよ。トマト嫌いなのに、トマト料理もお得意ですし」
「まあ、それはそうなんだが……」
「それでは僕は、そろそろ準備に取りかかりますね」
 あれからもう一年が経とうとしているのか。初めはどこか遠慮がちだった彼も、最近ではこうして積極的に会話してくるようになっていた。
「しかし、パーティーは明日だろう?」
「おいしい料理には、時間が必要なのです。マスターはゆっくりしていてください。明日は、ツリーを運んでもらわなくてはいけませんから」
 立ち上がってにっこり笑んだあと、失礼しますと談話室を出て行った。どれだけ大きなツリーが来ることやら。

 クリスマス当日の朝、教会では恒例のミサが執り行われているようだ。昨晩とはうって変わってすっきりと晴れた空のせいか、また寒さが増したように思う。これは、盛大な文句を聞かされかねないな。ランダムに来るであろう訪問者の一人を思い浮かべた。私と言えば、いつもと変わらない朝を迎え、トマトジュースを飲んでいたが、アルフはなおもはしゃいだようにキッチンへと引っ込んでいった。久しぶりの一人きりの朝、か。音を吸う雪も相まって、やけに静かである。屋敷も、町も。いや、町はもう賑やかになるか。ミサが終わり、人々が教会から出てくると、とたん空気が明るくなる。それは毎年のことで、きっと今年もそうなることだろう。
 さて、何か手伝うことはあるか尋ねてみるか。料理はとんとできないので、それ以外で、だが。と立ち上がった矢先、屋敷のドアが大きくノックされた。もう誰か来たのだろうか。随分と早いな。ゆったりと食堂を出て、玄関に近づいていく。もう一度、ノックされた。おや、客ではなさそうだな。ドアを開けると、雪が入り込んできた。
「ハロルド・オールコックさんのお宅で間違いないですか?」
「……ええ、そうですが」
「あちらにお品物が届いておりますので、ご確認ください」
 どうやらそれは外にあるらしい。何が届いたか大体の予想はついていた。しかし、屋敷の中も寒い寒いと思っていたが、外はそれよりもずっと冷える。配達人に着いていくと、やがて見えてきたのは一台のトラック。そしてその上に寝かせて乗せられている一本の木。
「またずいぶんと大きな木だな」
「え?」
 こぼれた言葉が耳に入ってしまったようだ。注文した物と違うと言われたと思ったのだろうか、焦った顔が振り返った。慌てて何でもないと言う。
「あれか。うちに来たという届け物は」
「はい。どちらまでお運びすればよろしいでしょうか」
 確かにこれは、玄関先まで持ってくるのは一苦労だろう。かといって、無断で人の家の玄関先に車をつけるわけにもいかない、というわけか。
「いや、私が運ぶよ。サインはどこへ?」
 荷台から木を降ろす彼らに、大丈夫と告げた。

 とりあえず家の中に運んではみたものの、どこに置けばいいのやらさっぱりである。五メートルはあるかと思われるモミの木を、彼はどうするつもりでいたのだろうか。
「アルフ」
 キッチンにいるだろう彼を呼ぶ。
「アルフ」
 二度目で、走ってくる音がして、やがて姿が見えた。
「マスター! それ!」
「ああ、さっき届いた。どこに置くつもりだったんだ?」
「もちろんここです!」
 私と木の周りをぐるぐる回りながら楽しそうに言う。ここ、とはアプローチである。
「しかしパーティーをするのは食堂で、その後移動するにしても談話室だぞ? こんな寒いところではあいつが承知しないだろう」
「いいんです。入ってすぐにこんな大きなクリスマスツリーがあるだけで素敵じゃないですか」
 まあアルフが楽しんでいるならそれが一番だ。指示されるがままに移動させて、鎮座させる。時期が過ぎたら、庭にでも植えるか。
 そして飾り付けを命じられた私は、脚立と大小様々な装飾物を手に、ツリーの前に立っていた。
「私がするのか。これを……」
 後で手伝いに来るとは言っていたが、こういうことは初めてである。彼が気に入るようにできるものか、少し不安だ。一人でうなっていると、再び叩かれる扉。その向こうで、私を呼ぶ声がする。今度こそ本日の客が来たようだ。
「入っていいぞ」
「こんにちは」
 やはり、この礼儀正しさは二人だったか。声をそろえて言う姿が、仲がいいのを物語っている。
「アルベルトもリリーもようこそ。ちょうどいいところに来てくれた。これを今から飾り付けるんだが、手伝ってくれるか?」
 顔を見合わせてからこちらに駆け寄ってきた二人と、本日の仕事を開始した。

 あれから、やはり文句ばかりのリックとライナス達が順に屋敷にやってきた。そして最後は、ソフィアが。遅くなってすみませんと頭を下げる彼女の腕には、大きな四つのぬいぐるみがあった。
「アルベルトくんはもういらないかもしれないけど、まだ子供でいてほしいっていう私からの願いをこめて」
 アルベルト、リリー、イアンとアルフにそれぞれ一つずつ手渡す。
「メリークリスマス!」
 クマの首にあるリボンはどれも色が違っていて、それも彼女が決めたのだろうか。アルフのぬいぐるみには青いリボンが結ばれていた。プレゼントを抱えた子供達は、顔をうずめたり頬ずりをしたりして、喜びを表していた。一通りお礼とハグが終わって、さあやっと食事の時間だ。

 「すごーい! これ全部アルフが作ったの?」
「リックさんにも手伝ってもらったんだ」
 テーブルに並ぶ料理の数々にまず目を輝かせたのは、彼の第一の友人であるイアンだった。照れくさそうにそうは言うが、実際アルフがほとんど一人でやったということは誰もがわかっているだろう。
「俺がやったのなんてほんのちょっとだって。アルフはすごいよ」
 褒められ、頭をなでられてはにかむアルフは、まだまだ大人数になれていないのか口数は少ない。そしてじりじりと私の側まで近づいてきて、半歩後ろに収まった。
 それぞれが席に着き、久しぶりの固形物に喉を鳴らす。と言っても、リックやリリーなんかはそうでもないだろうが。
 いつになく賑やかな食事の時間が過ぎ去っていく。ここまで集まったのは初めてで、アルコールも手伝って陽気な気分が増していく。永遠に続くかと思われた会話がいったんとぎれ、食事が終わっていたことに気づいた。
「では、移動しようか。食器はそのままでいい。明日、私とアルフで片付けるから」
「お待ちかねのプレゼントタイムだ! 今度は大人から子供へ。もちろん、ソフィアの分もあるぞ」
 誰かに何かをする、ということが好きなライナスにとっては、こういうイベントは楽しくてしかたないのだろう。プレゼントをもらえると分かって喜び浮かれる子供達を引き連れて、談話室への道を急いだ。全く、誰の家やら。