14 終わらない物語
 来客が相次ぎ、ごたごたした数日だったが、それももう終わりをみていた。
「ソフィアさんは?」
 玄関口でアルベルトが尋ねる。
「まだしばらくフィルバートにいるみたいだ。そのうちまたふらりとあの町も出て行くだろう」
「また、来てもいいですか?」
 遠慮がちに口を開いたのは、アルベルトの隣に立つリリーで、どうやら彼らは屋敷を出て行くところらしい。
「もちろんだよ。いつでも来なさい。と言っても、君の料理を作るのはこちらのアルフなのだが」
 にっこり笑って、背後に隠れ気味のアルフの背中を押してやる。おずおずと前に出てきた彼もまた、戸惑うように声を出した。主人の顔色をうかがっているようにも思える。
「普段、料理をする機会がないものですから、その、忘れないうちに……来てください」
「アルベルト」
 ハロルドが声をかけると、リリーとアルフのやりとりを微笑ましく見ていた彼が顔を上げた。表情だけで疑問を表す。
「迷いがなくなったのなら、ライナスのところへ行ってやれ。そして説明しなさい。きっと味方になってくれる」
「はいっ」
 開いたドアの隙間から入ってくる柔らかな夕陽が、彼の目を光らせた。

 一方、街から町へと歩いて再び森の中にいる二人は、少し深刻な顔つきをしていた。
「お前の家族を殺した後、ぱったりと殺しをやめている、か」
「もう始末されたってことは?」
 日の暮れ始めた森は、街よりも幾分か早く暗くなっていく。
「んー、ないこともないが、ハンター以外に吸血鬼をしとめられるかどうかが怪しいな」
「……そうか」
「しかもそれ以前の被害情報もかなりある。死んだなら死んだと、そういう情報が入ってきていてもおかしくはない。むしろそっちの方が普通だ」
 サブレの家族を死に至らしめた吸血鬼の情報を、さっきまでいた街で聞いていたらしい。立派な対象だが、最近の動向がつかめておらず、死んだのではないかという噂まで、一部では流れているのだとか。
「じゃあ、まだ生きてる」
「そうだな。そう考えるのが妥当だろ。けど、今あいつはどこにいるのか。……ま、最初からうまくいくなんて思ってなかったし、人生まだ先は長い。地道に探していくか」
 どこか諦めたような言い方をする。
「俺はお前ほど長くは生きられないんだって」
 呆れたようにサブレは言うが、焦っても仕方のないことだと分かっているのか、それ以上言及することはなかった。
「じゃ、ひとまずお前の故郷に行くか。最後の現場だ。何か分かるかもしれない」
 彼らの復讐の旅は、まだ始まったばかりだ。

 さて、アルベルトとリリーが去った後、今までどこで遊んでいたのか、イアンが玄関口にやってきた。
「あれ? アルベルトさん帰っちゃったの?」
「うん、さっきね」
「えー! もっといればいいのに!」
「今度お前の家に遊びに行くように伝えておいた。そう遠くないうちに会えるんじゃないか?」
 頬をふくらませる彼をなだめるように言う。静かにドアを閉めてその場を立ち去ろうとするハロルドの背に、イアンの高い声がかぶさった。
「じゃあ僕も帰ろうかな」
「そうか。……後でコウモリを飛ばしておく。一人で帰ろうとしないように」
 振り返った顔は優しかった。帰ると告げた彼の隣では、不満そうな顔を隠しきれないアルフが。と、そこに突然の嵐がやってきた。
「イアーン! 迎えに来たぞー!」
 ドアが開けられると同時に聞こえる大声。呼ばれた彼は驚いてハロルドを見やるが、何も知らないと首を振られてしまった。
「早いな」
「これでもだいぶ我慢したんだぞ!」
 いち早く冷静さを取り戻したハロルドが小さく呟いた。その言葉にかみつくようにまた叫ぶ。
「いや、そっちじゃない。さっきイアンが家に帰ると言ったところだったんだ」
「え?」
「コウモリを飛ばして、明日にでも迎えに来るようにと伝えるつもりだったんだが、無用だったようだな」
「あら、じゃあいいタイミングだったのね」
 騒ぎの中心であるライナスの存在感がありすぎて、後から入ってきたドロシーには誰も気づかなかったらしい。誰もが、いたのか、というような表情を浮かべていた。
「ママ!」
 先に入ってきたライナスではなく、ドロシーの方へ駆け寄る息子。ショックを受ける父をよそに、母と息子はしっかり抱き合っていた。楽しそうに毎日を過ごしてはいたが、やはり寂しさもどこかにはあったのだろう。しばらくそうしていたが、ドロシーの腕から抜けて、ハロルドの方へ振り返った。
「ハロルドさん! ありがとう!」
「どういたしまして。また、遊びに来なさい」
 柔らかな笑顔を向けられたイアンは、ふと辺りを見回す。
「ねえ、アルフは? さっきまでいたのに……」
 確かに、いつの間にかいなくなっている。
「あそこだ」
 苦笑いを浮かべつつイアンの視線をうながした先は、天井。コウモリの姿でぶら下がっていた。
「おおかたライナスの登場に驚いたんだろう。びっくりした拍子にコウモリになったところまでは見ていたが、あそこにいるのは私もさっき見つけた。降りておいで」
 ハロルドが声をかけると、彼は天井から足を離し、滑空してきた。そしてその勢いのまま人型になる。こちらの姿の方が見慣れているために、忘れがちになるが、彼は本来コウモリなのだ。ほんの少し、他とは違っているが。
「アルフ!」
 ハロルドの隣に立つ彼を満面の笑みで呼ぶ。
「ありがとう! 毎日楽しかった!」
「ううん。僕の方こそありがとう」
 言葉を交わす二人を見ていたライナスが、ぽつりと
「そうか。仲良くなったか」
 呟いた。そう言った表情からは何の感情も読み取れなかったが、
「アルフ、ここみたいに広くはないが、今度家に来てくれないか。イアンが喜ぶ」
 このときの顔は、ただの父親だった。息子に友達ができたことを喜ぶ、父親の顔だった。驚きと感動と嬉しさとをない交ぜにした表情と少し震えた声で
「はい!」
 と答えたアルフを見るハロルドもまた、ライナスと同じような顔をしていた。
 そうして食事をしながら帰るらしいバース一家を見送ると、途端屋敷の中が静まりかえった。これが日常であり、もっと言えばハロルドが一人で住んでいた時など今よりずっと味気ない空間だった。慣れ親しんだはずの空気に、どこか違和感を覚えてしまう。それでもまた、この静けさが体に馴染んでいくのだ。しかしその静けさの中にも、自分以外の誰かが同じ空間にいる気配はする。というか同じ部屋で一日を過ごすことが多い。この契約は破られることなく、ハロルドが死ぬまで続くだろう。一種、永遠ともとれるような関係に、安堵する。そこまで考えると、けなげに後ろをついてくる彼に向かって
「お前がいてくれてよかった」
 と言った。実はそれは従者たる彼が一番求めていた言葉であり、しかも不意打ちに聞かされたために、その後感激にうち震える。あまりのことに動けなくなった彼は、後ろをついてくる気配がなくなったことに気づいた主人が振り返り、自分の元に戻ってきた途端、盛大に泣き出すのであった。