13 ただ、側に
 全てを話し終わった頃には、もうすぐそこに夜が近づいていた。
「アルベルトとリリーは泊まっていきなさい。イアンも喜ぶ。私は、少しソフィアと話をしてくるから、少しここで待っていてくれ」
 そうして静かにアルフ、と言うと、背中にあったものが自然に離れていく。顔をのぞいてみると、やはり真っ赤だった。
「ほら、額も目も真っ赤だ。イアンが心配するだろうから、帰ってくるまで冷やしておいで」
「はい、マスター」
 いい子だ、と頭をなでてからその場を離れる。扉を開けて外へ出、それを閉めると、自然と息が漏れた。どこか、緊張していたらしい。これでアルベルトに何らかの答えが出るといいんだが。

 ソフィアには悪いが、隣町の宿に帰ってもらうことにした。私はまだいいのだが、他の子達がいつも通り彼女に接することができなさそうだったからだ。仕方のないことと言えばそうかもしれない。
 アルフが作った食事をリリーだけが口にし、その間私とイアンはトマトジュースを飲んでいた。アルフとアルベルトは何も食べず、何も言わない。イアンもどこか緊張感のある空気を察知したのか、おとなしく座っていた。そんな静かで妙な食事会はすぐに終わった。吸血行為はあまり人に見せるものでもないので、アルフは食事会のあと私の部屋に来たし、アルベルトもあてがった部屋で血をもらっていることだろう。そして私は、自分の部屋があるはずのアルフと共に眠りについた。長い一日の終わりだった。

 どんな夜であっても、必ず日はまた昇る。
「おはようございます、マスター」
 目に刺さる光に目を覚ますと、ベッドの脇で声がした。そこにいたのはすでに正装に着替え終わったアルフで、私よりもずいぶんと早く起きていたようだった。
「ああ、おはよう。早いな」
「いつまでもおじゃましていてはいけませんから」
 そうしてサイドテーブルにトマトジュースを置くと、一礼して部屋を出て行った。

 トマトジュースを置きにいくと、ちょうどマスターが目を覚ましたので、間に合ってよかったと思った。今日はいつもの朝とは違い、人間用の食事を作る必要があったから、時間配分が難しかった。リリーさんの朝食を並べ終えてからマスターの部屋に行き、最後に二人の部屋へ向かう。
 軽くノックすると、中からドアを開けてもいいと言われたので失礼した。
「おはようございます。朝食の準備ができていますので、下へどうぞ」

 昨晩と同じく、静かに食事が進んでいく。と言っても、食事をしているのは彼女だけで、マスターもこの場にはいない。イアンもマスターと同じく、寝起きのトマトジュースで朝食は終わる。いつも通りならきっと彼はまだ寝ているはずなので、まだ置きに行かなくても大丈夫だ。だから、食卓には僕とアルベルトさんとリリーさんの三人だけ。向かい合う二人に対し、僕はと言えば、アルベルトさんのななめ後ろに立っている。
「あのね、昨日も思っていたんだけど、中々言いづらくて……。おいしい食事をありがとう」
 食べ終えた彼女が、微笑みながらそう言ってくれた。
「いえ! 口にあったようで、よかったです」
 リックさんに教えてもらったまま作ったので、それは僕ではなくて彼が料理上手だということになるだろう。
「アルフくん」
 リリーさんと笑顔を交わしていると、それまで静かだったアルベルトさんが前を向いたまま声をかけてきた。
「はい、何でしょう」
「君は、昨日聞いたあの話を、どう思う?」
 突然すぎる。何の前振りもなく尋ねられたそれは、しかし昨晩からずっと頭の中にあったことではあった。
「どう、というのはあまりにも漠然としていて答えづらくはありますが、何も、というのが正直なところかもしれません」
 最終的にはそこにたどり着いたのだ。だから、僕は彼らよりも清々しく朝を迎えることができた。答えが、出ていたから。
「何も? 君はあの話に何も感じなかったの?」
 そのままの体勢で僕を非難する。
「仮にもマスターでしょう? それは」
「すみません。少し言葉がたりませんでした」
 怒りを滲ませた彼の言葉を遮って、訂正させていただく。
「僕は何も変わりません。従者にしていただいたときから、すでに一人で死ぬことはできない身です。マスターより先に死ぬことも、マスターに置いていかれることもありません。僕は、生涯あの人の側にいます。言うなれば、もう一度決意したというところでしょうか。彼の側を離れないことを、もう一度決意したのです。だから、何も、なのです」
 アルベルトさんにはリリーさんがいるから、僕よりも考えることがたくさんあるのだろう。それで、僕に答えを求めるくらい迷子になっているんだ。
「アルベルトさんは、どうするのですか? マスターの言葉の続きを聞かれますか?」
 彼が取り乱して遮ったあの言葉の続きは、きっと今の迷子の彼には必要な言葉だと思う。
「リリーさんは?」
 自分にも話題を振られるとは思っていなかったのだろうか、一瞬驚いた顔をしたけど、
「私もあなたと同じね。ただ、アルの側で生きていくだけ。何も変わらないわ」
 すぐに、そう答えてくれた。後半は向かいに座ったアルベルトさんの方を見て、泣きそうなくらいのきれいな笑みを浮かべながら。
「悩んでいるのは、お前一人だけのようだな」
「マスター!」
 いつ扉が開かれたのか全然気づかなかった。それは僕だけじゃなかったみたいで、他の二人も同じように目を見開いていた。
「アルベルト、私は言ったはずだ。だめだ、とは言わない。私だってソフィアと恋人という関係だったし、リックの両親もそうだ」
「え! そうなんですか」
 言われてみれば、思い当たる節がないわけでもない。
「リックさんが……。知らなかった」
 どうやらアルベルトさんも知らなかったようだ。
「ずいぶんと否定されただろう? 人間を愛するのはやめなさい。お前が悲しむだけだ。そう言われたんだろう?」
「ドロシーさんとライナスさんは何も言わなかったけど、賛成してくれるような表情じゃありませんでした」
「私も同じだ。やめなさいとは言わないが、手放しで喜べもしない。どうしてもその先を考えてしまう」
 その先、というのは昨日聞いた話のことだろう。例え吸血鬼に襲われなくとも、どちらが先に死んでしまうかなんてわかりきっている。
「もうちょっとよく考えろって大人は言うけど、大人はもうちょっと考えなくてもいいと思うんです」
「ああ、そうかもしれないな」
 どこかすねたような口調の彼に、マスターは優しく頷いた。
「それに、リックもずいぶんと悩んでいたんだ。どちらでもない自分は、どちらとしても生きていけないと」
 人間を嫌う吸血鬼もいると聞くから、リックさんにも色々とあったんだろう。人間側も、アッシュローズのように、吸血鬼を一緒くたに考えない町ばかりでもない。むしろ、そうじゃない町や人間の方が多い。
「吸血鬼ハンターにおさまった時は、私も安心したよ。だから、そうだな、ドロシーとライナス達が一番いいのかもしれない。でも、愛の形に正しいはない」
 そこまで言うと、食卓の方へ近づいてきて、僕とは反対側のアルベルトさんの側に立った。
「私は、周りに何を言われようとお前達が後悔しなければいいと思っている。どの道を選んだとしても、いい面と悪い面が必ずある。何事にも、だ。だから、悪い面だけを見て後悔することのないようにしなさい」
 彼の頭を数回優しく叩くと
「リリーはお前よりも気持ちをしっかり持っているようだから、私が心配することもなかったかもしれないな」
 と言った。
「さあ、お前はどうするんだ?」
「僕も、同じです。リリーとずっと一緒にいたい。誰になんと言われようと、彼女と生きていきます。先のことは、そうなったときに考えます。今は、幸せだけでいいです」
 目の前の彼女は満足そうに笑みをたたえていて、きっと彼も同じような顔をしているんだろうな。なんだかうらやましい。マスターは僕のことをどう思っているんだろうか。