08 始まりはすぐそこに
 ハロルドの家を出た二人は、とにかく南へ歩き続けていた。
「まあ聞きたいことはたくさんあると思うが、とりあえずこっちから一つ質問させてくれ」
 一歩前を歩くリックが振り返る。
「何だ」
「お前の家族が殺されたのはいつの話だ?」
 リックのその問いに少しだけ顔を歪めて
「四ヶ月前だ」
 短く答えた。
「うん、それなら大丈夫だな。そいつはまだ生きてるはずだ。復讐は自分の手でやるのが一番だからな」
 言いながら前を向いてしまったので、サブレからはそう言った彼の表情を見ることはできなかった。
「さ、何でも聞いてこい!」
「……まず、どうしてニンニクとか太陽とかがあいつに効かなかったのか。それとコウモリと契約するって、人型になれるってどういうことだ。俺の復讐相手がまだ生き」
「と、ストップ! 一気に質問しすぎだって。道のりは長いから、そんなに焦らなくても大丈夫だ」
 まだまだ続きそうな言葉を遮った。
「えっと、吸血鬼の苦手な物、だっけ? さっき言ってた太陽とかニンニクっていうのは単なる迷信にすぎない。昔の記述にそんなことが書いてあったりするから、随分前の吸血鬼はそうだったのかもな」
 吸血鬼の随分昔なんてどれほど前のことなのだろうか。
「でもそれが本当かどうかを確かめることはできないし、今の奴らにとってそれは弱点じゃない。現に昼日中から歩き回ったり、ハロルドの友人にはニンニクが好物だって奴もいる」
「そんな……」
「知らなくて当然だ。このことは吸血鬼本人か、吸血鬼ハンター、それとそいつらと関わりのある人間しか知らないことだからな。吸血行為だって夜中に行われるわけだから、太陽が苦手だって信じていてもなんらおかしくない。お前は普通だ」
 木々の間を縫い歩きながらそう説明する。太陽はすっかり昇りきっているが、ハロルドはあれから睡眠に入ったのだろうか。
「なら、吸血鬼に弱点はないのか?」
 不安が顔中に広がる。
「いいか。吸血鬼ってのは、人間よりも少し寿命が長くて、腕力や脚力、いろんな力が人間より少し優れているだけの種族だ。つまりあいつらだって心臓が止まれば死ぬし、頭を切り落としても死ぬ。もっと言えば斬りつければ血だって出る。赤い、な」
 初対面で攻撃されかけ、そしてそれを止めてくれた時のスピードを考えれば、少しなんてものじゃないことは彼にだって分かる。リックは特別であるがために、人間と感覚がずれているのだろう。
「だから、吸血鬼と戦えるぐらいの強さがあれば、誰だって吸血鬼ハンターになれるんだ」
 まるで、簡単なことだろうとでも言うようなリックの横顔は、どこか誇らしげだ。
「俺もそんなに強くなれるのか? あいつを倒せるぐらい強くなれるのか?」
「なれるさ。俺がついてるんだ。それに、本来ハンターってのは二人一組で行動するもんなんだ。……で、次は何だっけか。コウモリの契約について、だったか?」
 リックの言葉で表情に明るさを取り戻して、サブレは軽く頷く。
「詳しいことは俺よりもハロルドに聞いた方がいい。もう大昔に廃れた契約らしいから、吸血鬼じゃない俺には分からない。さっき俺と一緒に部屋に入ってきた奴がいたろ? あれはハロルドと契約したコウモリで、アルフって言う」
 記憶を引っ張り出すように数回瞬いてから
「ああ、あのちっこいのか」
 小さく呟いた。あんなどたばたとした状況だったが、アルフをきちんと認識していたらしい。
「そうそう。だから、今度会った時にでも聞きな。他に聞きたいことは?」
 その言葉を受けて、ためらいがちにサブレは口を開いた。
「――吸血鬼ハンターなのに、どうして吸血鬼と仲がいいんだ?」
「吸血鬼って言ったって、みんながみんな悪じゃない。人間と一緒だ。善い奴もいれば悪い奴もいる。この場合の悪いってのは、主に人間を殺すって意味だけどな」  前を行くリックには見えていないだろうが、サブレはそれに頷くことで納得を示す。
「人間を殺したり、むやみに同族を増やす行為をすると、俺たち吸血鬼ハンターの対象にされる」
「同族を、増やす? ちょっと待て、そもそも吸血鬼ってどうやって増えていくんだ?」
「吸血鬼の子は吸血鬼。言ったろ? 基本的なところは人間と変わりないんだってば。だけど、もう一つ増やす方法があって、それをむやみやたらにすることが禁止されてる」
 吸血鬼の血液が人間の体内に入り、混ざることによって吸血鬼は誕生するという。近現代では注射器という便利な物が使われることもあるようだが、もっぱら飲血が主流である。しかしそれよりももっと昔には、違う方法があったらしい。
「違う方法?」
 血を飲むということを想像したのか、少し歪められた顔のまま尋ねる。
「さあな。俺は知らない。というか、どういう原理か全く分かってないんだ。吸血行為と似ているらしいが、吸うのと入れるのとでは勝手が違うんだろ」
 何だが投げやりな気もするが、随分と昔のことであることと、リックが吸血鬼でないことを加味すれば仕方がないのかもしれない。
「ふうん。……じゃあこれがたぶん最後の質問。どうして俺の復讐相手がまだ生きてるって分かったんだ?」
「ああ、それね。今の時代、対象にされる吸血鬼なんてほとんどいないもんなんだ。で、そのほとんどいない中にお前の復讐相手がいるわけ。俺たちハンターは常に、対象の人相や背格好、名前、大体どの辺りで目撃されたかなんてのを把握してる。もちろん、始末されればその情報も入ってくる。だがこの半年間、対象が始末されたってのは全く聞いてない」
 つまりは、まだ生きている、と。
「集会所にある情報と、お前の記憶と照らし合わせれば、そいつがすぐに誰か、最近はどこにいたかが分かる。だから今、そこに向かってるんだな、実は」
 全く考えなしに歩いてるかと思いきや、どうやらそうではなかったようだ。
「さて、そろそろ街だ。最後に一つだけ言っておくことがある」
 木々の切れ目が彼には見えているのだろう。サブレにはさっぱりだが。
「お前はハンターになる理由が理由だから心配ないかもしれないが、いいか、間違っても吸血鬼になろうとするな」
「なっ! なるわけないだろ! 俺が!」
 大声で反論するサブレに、安心したような表情を見せた。
「それでいい。……たまにな、いるんだ。吸血鬼になれば力が対等になるって、血を飲む奴が。だけどそれは、今までの人生全てを捨てる行為だ」
 どこか怒りを滲ませた顔がサブレの目に映る。それは、ここではない、どこか遠くを見ているようでもあった。
「吸血鬼になると、人間であった頃の記憶は消える。なぜ、どういう理由で吸血鬼になろうと思ったのか。自分は誰なのか。どこで生まれ、何を見て育ったのか。誰に愛され、誰を愛したのか。全部、失う。全部、なにもかもだ。だから、絶対に、吸血鬼にはなるな」
「――ああ、分かった」
 深く、強く、首を縦に振った。

 リックとサブレが街に着いた頃、ヴァイオレットにあるバース家では一騒動が起こっていた。
「もう! だから早く止めてって言ったじゃない!」
「そんなの、ドロシーが止めればよかった話だろ!」
「ぱぱー、ままー、けんかはらめらって、はろるろさんがー」
 夕焼けのように染まった頭が三つ。怒りで赤くなった顔が二つ。ろれつの回らなくなった子どもが一人。
「イアンは黙って寝てなさい!」
「水飲んでからな!」
 ソファに寝かされた体を起こし、テーブルに置かれた水を飲む。ソファに倒れ込んだのは、コップを置くのと同時だった。
「あのー」
「いつも言ってるでしょ! 甘やかすところが間違ってるのよ!」
「どこが間違ってるんだ! イアンは可愛いんだぞ!」
「あの、すいません」
「そんなことは分かり切って、る……あら?」
「何だ?」
 やっと第三者の声に気づいたのか、二人そろってドアの方を見やった。
「すいません、鍵が開いてたので、勝手に入って来ちゃいました」
 ゆるくウェーブのかかった限りなく金に近い茶髪。腰の辺りまであるそれは、動くたびにふわふわと動く。
「ああ、いいのいいの」
「久しぶりだな、ソフィア。元気にしてたのか?」
 色素の薄い真っ白な肌。その頬を少しだけ赤らめて
「お久しぶりです」
 嬉しそうに鳶色の目を細めた。
「ところで、イアン君はどうかしたんですか?」
 ソファに視線を移して尋ねる。
「血をね、飲み過ぎちゃったの。まだイアンは子どもだから、飲み過ぎると酔っちゃうのよ。それなのにこの人ったら」
「もうその話はいいだろ」
 少女と女性の間のような彼女に一人がけソファを勧め、自分もその隣にある同じものに座る。
「そうなんですか、初めて知りました」
「オレも実際この目で見るのは初めてだな、うん」
「今回はいつまでこっちにいられるの?」
 ほんのりと甘いにおいを漂わせたカップが三つ、テーブルに配置される。
「あ、ありがとうございます」
 そう言ってココアを少し飲んでから
「いつまでかは決めてませんが、次に行く街なら決まってます」
 質問に答えた。
「どこに行くの?」
「フィルバートへ。ブライト地方の」
 アッシュローズの隣町である。