02 一年で一番賑やかな日々
 収穫祭は五日間にわたって執り行われる。ただ、初日だけは祭司と町長のみが行う形式的な儀式の日なので、町民にとっては実質四日間だ。アッシュローズはその四日間、熱気にあふれる。食べて飲んで踊って笑って、その繰り返しだ。寝る暇も惜しんで騒ぐ祭りに、町民も外の人間も関係ない。その四日間、町にいる全員で楽しむのだ。
 明日から始まる祭りに備えた町は、まだ夜も更けきる前に静かになっていた。ハロルドも例外ではなく、暖炉の火を消して寝室へ向かおうとした時だった。
 ――ドンドン、ドンドン。
 玄関のドアが叩かれる。ため息を一つ吐いてから、階段を下りた。ドアを開けたそこには、男と女と子どもが。皆一様にキラキラとした眼差しだが、最初に口を開いたのは男だった。 「こんばんは、大親友のハロルド。バース一家が遊びに来てやったぞ!」
「こんな夜にか?」
「何だ? その目は。もっと楽しそうな顔をしろよ。明日から祭りだろ?」
「あっ、こら、ライナス!」
 彼の発言を咎めたのは、隣に立つ女性だった。
「もう、パパったら。明日のお祭りのためにここに来たってばれたら怒られるって言ってたでしょう?」
 ひょっこりと前に出てきた少年を見て、男を見て、女を見ると、ハロルドは
「……とりあえず、入れ」
 疲れたように言った。静まりきった町では騒音に近いような会話が、屋敷内に持ち込まれた。
「さっき消したばかりだから、まだ暖かいだろう。ほら、ライナス、イスを運べ」
 談話室に入り、暖炉に火をつけながら指示を飛ばす。
「ハロルドさん、僕は? 僕は?」
 何か手伝うことはないかと尋ねてくる少年に
「大丈夫だから、イアンは座っていなさい」
 と柔らかく微笑んだ。そして全員が座ると、ハロルドはライナスを見据えて言った。
「で、どこからの情報だ」
「どこからもなにも、収穫祭は毎年この辺りじゃないか」
 確かに時期は決まっているが、全ての収穫を終えた日から十日後と決められている収穫祭の日程は流動的なものだ。そして毎年収穫の日は変わる。町民以外は確実な日程を知ることは難しい。
「確かにこの辺りなのは間違いない。だが、毎年日程は変わる。そしてお前が最後にこの町に来たのは五ヶ月も前のことだ」
「……」
 無言のままハロルドから目をそらす。
「ここに引っ越してから、お前たちは毎年毎年収穫祭の前日にやってくる。一体どこから情報を得てるんだ」
「別に言ったっていいじゃないの」
「ドロシー!」
 悲観めいた声が部屋に響く。その声に、うつらうつらしていたイアンが目を覚ました。
「静かに白状しろ」
「ほ、ほら、オレ達にはさ、コウモリっていう友達がいるだろ?」
「嘘だな。この辺りのコウモリは全て私に対して協力体制だ。ライナスには収穫祭の日を言うなと伝えてあるんだ」
 自信満々のハロルド。
「そんな……ひどい……」
「さ、情報源はどこだ?」
 もう一度問う。と、そこへ
 ――ドンドン、ドンドン。
 扉を叩く音が。
 ――ドンドン、ドン……がちゃ。
 そして開けられた。
「おーい。ハロルドー」
 さらに、叫ぶ。思いっきり叫ぶ。この夜に、この静かな町で。さすがに入ってきてはいないようだが、それだと余計に近所迷惑なのは間違いない。
「はあ……」
 疲れきった表情で立ち上がり
「ついてくるなよ」
 とライナスに告げると、階段を下りていった。足どりが重い。早く寝るはずだったのに。そう思いながらあくびをひとつ。
「よ、ハロルド。明日は収穫祭だろ? 泊めろ」
 隠す気もないらしい。全く毎年毎年困ったものだ。
「日が高いうちに来てくれ、せめて」
 屋敷の中へ招き入れた。
 談話室に帰ると、満面の笑みでライナスが待っていた。
「ライナス!」
「リック!」
 ライナスは立ち上がり、リックは駆け寄って、そして歓喜の表情で抱き合う。
「久しぶりだなー。元気だったか?」
「もちろん。バース一家はいつでも元気いっぱいだからな。そう言うリックは?」
「俺か? 当然だろ。なんたって明日は収穫祭だぜ? 四日間ぶっ通しなんだ。元気がなくちゃやってられない祭りだよ」
 盛り上がる二人。
「ドロシー。部屋に案内するから、イアンを寝かせたらどうだ?」
 そんな二人を放ってハロルドは彼女に提案する。隣には目を開けることに必死で会話を聞いていないイアンが。くすりとひとつ笑いをこぼして立ち上がり、
「そうさせてもらうわ」
 イアンを抱き上げた。男二人はまだあのテンションのままだ。ハロルド達は特に何も告げず、談話室を後にした。
 冷たい風が廊下をすり抜ける。冬の足音が聞こえるようだ。
「本当はね、夫人がいつも知らせてくれるのよ」
 何を、とは聞かなくても分かる。そして夫人といえば、この町では一人しかいない。
「町長夫人が?」
「そう。ほら、私達って以前からこの町の人達と親しかったじゃない。それでね、あなたがここに来た頃ってふさぎ込んでいたでしょ?」
 部屋についたようで、立ち止まり、中へ促す。
「ありがとう。……で、そんなあなたに夫人は町一番の祭りの日ぐらいは楽しく過ごしてもらいたいって思ったらしいの」
 もうすっかり寝入ってしまったイアンをベッドに横たわらせ、彼女はそこに腰掛ける。ハロルドは入り口に立ったままだ。
「なるほど。それで毎年この時期に必ず来るようになった、と」
「ハロルドが元気になるまでよ、来てくれって言われたのは。それ以降は、来ないか? だもの」
 イアンの髪をすきながら微笑む。母親の顔だ。
「リックは? あいつは特別この町と仲がいいってほどじゃないと思うんだが」
「ああ、彼はライナスが呼んでるの。二人とも好きだから。とにかく騒げっていうのが。さっきも」
 言いかけてくすくす笑い出す。楽しくてしかたないといった様子だ。
「私達、二日前に会ったばかりなのよ? なのに、あんなにはしゃいじゃって」
「……あいつらはいつもそうだ。玄関先で会わせるとうるさくてしょうがない」
 先程の「ついてくるな」はそういう意味だったのか。
「あ、ハロルド。私もこのまま寝るからってライナスに伝えておいて」
 イアンの眠るベッドに潜り込む彼女。ハロルドはそれを了承すると、部屋を出て行った。
 廊下にまで聞こえてくる騒ぎ声。それにうんざりしたハロルドは、少し扉を開けてドロシーからの伝言を話すと、すぐさまそれを閉めた。巻き込まれないために。そして素早い足どりで寝室に向かう。滑り込んだ部屋の大きな窓からは、月がよく見えた。
「夫人か……」
 ぽつり、呟くと、一人で使うにしては少し大きめのベッドに入った。さて、暖炉の火が消えたのはいつのことだか。

 さあ、祭りの始まりだ。
 町の中央にある広場に人々は集まる。祭りの間だけ出現する舞台では、朝から陽気に町娘が踊る。各々が持ち寄った料理は、舞台近くに全て集められる。広場にはテーブルとイスを所狭しと並べ、入りきらなければ、そこから広がる道路にまで進出する。料理を食べ、明るい内から酒を飲み、踊り子に拍手を送る。時には、音楽隊と共に歌うこともある。普段の田舎町とはまるで違う顔がそこにはある。
 そんな中、ハロルドは一番賑やかな一角から離れ、どこかへ歩いていった。
「ん? どこへ行ったんだ、あいつ」
 すでに赤い顔のライナス。燃えるような赤髪も相まって、本当にゆでだこのようだ。
「さあね」
 ドロシーは目をふせて呟いた。
 一方ハロルドは、舞台の一番近くに座っている町長夫妻の側に、真剣な顔つきで立っていた。
「夫人、少しよろしいですか」
「なあに、ハロルド君ったら、せっかくのお祭りなのにそんな顔をして」
 やわらかく、まるで母親のような笑顔を見せる。それに気を抜いた彼は
「バース一家のことで、お礼を言いたくて」
 少し照れたような息子の顔だった。
「まあ、しゃべっちゃったのね!」
「や、あの、私が無理に聞き出したというか」
 尻すぼみになる。
「ドロシーちゃんでしょ。ライナス君はああ見えて律儀な子だから」
 どうやらお見通しのようだ。
「とにかく。全部私のわがままでやったことなんだから、お礼なんていいのよ」
「そうそう。こんな小さな町じゃ、少しわがままになってしまうんだ」
 今まで踊り子の舞台を観ていた町長も言う。
「この町の人全員の笑顔が見たいってね」
「町長……、夫人……」
「だから本当にお礼はいらないわ。あなたが元気になってくれた。それがお礼みたいなものなんだから」
 そして夫人は立ち上がり、申し訳なさそうに喜ぶハロルドの体を反転させた。
「ほら、行きなさいな。大親友は今年も一番の騒ぎっぷりだよ!」
 背中を押して送り出す。二、三歩進んだところで振り返ると
「ありがとうございました」
 一言言って、彼らの元を去った。
「久しぶりだな、あんな彼の顔は」
「そうね。滅多に見られない、いいものを見たわね」

 そして、一年で一番賑やかな日々が終わると、アッシュローズに冬が訪れる。