01 ハロルド・オールコックという男
 西ヨーロッパに位置するウェルナー国。その国の北方、ブライト地方にあるドがつくほどの田舎に、アッシュローズという町がある。これと言った特徴もないような普通の田舎町だが、一つだけ他と違うものがあった。それが、吸血鬼が住むという屋敷で、アッシュローズ唯一の観光名所だ。かつて、名のある貴族が住んでいたそこは、上手い具合に荒れ果て、観光名所として十分な役割を果たしている。
 そして、そこに住む吸血鬼の名は、ハロルド・オールコック。この町に住んでいて、彼の名を知らない人はいない。

 ここ、農業地域であるアッシュローズも秋を迎えると、今まで以上に忙しい日々が続く。収穫を急ぐ傍ら、それを過ぎれば収穫祭も待っている。嬉しい悲鳴だ。そんな時期、一番活躍するのが、彼だ。
「おーい、それが終わったらこっちも頼む!」
「分かった、少し待ってくれ」
 いっぱいに詰め込まれた小麦袋をいくつも、軽々と持ち運ぶ。
「ほんと、ハロルドは働き者だね」
 どこからか、そんな声が聞こえる。観光名所の屋敷に住んでいて、町一番の働き者で、吸血鬼で、それがハロルド・オールコックなのだ。
「みんなー、お昼にするよー」
 炊き出し班の声が小麦畑に響いた。アッシュローズは小さな町なので、全ての農家で一斉に収穫をするのだ。
「もうあんたが来てから何年になるかね」
 熱々のトマトスープを飲みながら、ハロルドの隣に座った男が呟いた。
「十年程じゃあないか?」
「たぶん、そのくらいになると思う」
 別の男が答え、ハロルドもそれに同意する。荒れ果てて、誰も近寄らなかった屋敷に彼が住み着いてから、もう十年を数えるまでになったのか。しかし、もう、というのは人間側からしたもので、彼にとってはまだ、といったところだろう。十年経っても変わらない外見が、それを立証しているようだ。
「しかし、本当にお前さんが吸血鬼だとは今でも信じられないね」
 少し離れたところで食事をしていた壮年の女性が、近づいてきて言った。
「だって、全く血を吸わないじゃないか」
 身を乗り出して言う彼女に、周りも賛同するように頷いた。
「その代わりに、毎年たくさんのトマトをもらっているから」
 困ったようなハロルド。
「でもねえ」
 納得がいかない様子の人々。
「赤いものなら何だっていいって、毎年言っているじゃないか」
 眉が下がりっぱなしだ。
「まあ、あたしらは何だっていいんだけどさ。トマトだってねえ」
「ああ。もっとやったっていいんだ」
「いや、あれで十分だよ」
 ずずっと最後の一滴までスープを飲み干す。
「さあ、みんな! あと一踏ん張り、がんばるよ!」
 昼食の時間も終わりのようで、ぞろぞろと動き出した。
 観光名所の屋敷に住んでいて、町一番の働き者で、吸血鬼で、でも血を吸わなくて、その代わりにトマトを食べて、それがハロルド・オールコックなのだ。