自由奔放なあなたへ


 1 たまにはこっちを向いて

 2 その先にあるもの

 3 捕まえててあげるから

 4 強い瞳と強い意志

 5 それはまるで手放した風船のように



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 1 たまにはこっちを向いて  
 
 そっけない君は僕を振り回すだけ振り回して、そして何でもないように自分の世界へと飛び立つ。
「アカリ」
名前を呼んだって、耳しかこっちに向けてくれない。早く用件を言えと言わんばかりだ。好きなものをちらつかせないと、顔を向けてくれることなんて滅多にない。
 だけど、そんなアカリにも優しいところはあるもので。僕が落ち込んでるときには、いつもより近くに来てくれるうえに、そこに居座ってくれる。一定の距離を保ったまま離れようとせず、僕と一緒に動き回る。まあ、それより近づいてくることもないけど。いつもは勝手気ままにフラフラしてるのに、一日中家にいて、僕の話を聞いてくれるんだ。
 そうは言っても、やっぱり今日みたいに僕が元気いっぱいの日は、アカリはお気に入りのカゴの中に丸まったまま動かない。呼んだって、反応は限りなく薄い。アカリ。たまには、名前を呼ぶだけでこっちを向いてくれないかな。……ダメかな。にぼしを取りに行く傍ら、優雅にゆらめく黒いシッポを見ながら思った。

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 2 その先にあるもの

 アカリ。君はいつだって自分に正直だから、興味のあるもににしか視線はやらない。そして本日のお気に入りはどうやら「雲」らしい。ベランダに出る窓の前にはりついて、動かない。首は痛くないのかと思うほど、ずっと空を見上げてる。時折風が強く吹くと、流れていく雲に飛びかかろうと必死になっている。自分から逃げていくものは、何でも追いかけたくなるのだろうか。僕の持つ猫じゃらしに必死になってくれたことなんて一度だってないけど。
 ちなみに、ご飯の時間っていうものは決まっていない。アカリが空腹になれば、食べ物を出してやるのだ。合図はこれ。
「バシ、バシ、みゃー」
シッポで床を二回叩いたあとに、一度だけ鳴く。そしてご飯のありかに視線をやる。そして食べ終えると、アカリはまた遊びに夢中になる。アカリ。君のその興味が僕に向くことはないのかな。……ないかな。雲よりもはるか近い場所にいるはずの僕には目もくれない君を見て、思った。


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 3 捕まえててあげるから

 来客だ。僕が、この日のためにわざわざ呼び出した。
「また頼むよ」
やって来た友人を迎え入れながら苦笑気味にそう言うと、「ああ」と心底おもしろそうに返された。
「アカリ、久しぶり」
リビングに着くなり、カゴの中で丸まったアカリに声をかける。僕は救急箱に入れられたアカリのためのツメ切りを取り出す。さあ、始めようか。
「よいしょ」
アカリを持ち上げた彼は、びろーんと伸びた体を少し丸めさせながら、ソファに座った。すかさず僕は前足を掴んで、少しだけ押して、そうしてツメを出す。ぱちり。ぱちり。
「ほんとかわいいよな、アカリって」
アカリの小さな頭の上で、にやけた顔が言う。ぱちり。ぱちり。
「厄介だけどね、かわいいよ」
僕は表情をゆるめて、言った。ぱちり。ぱちり。さあ、後は左の後ろ足だけだ。
「お前のことが大好きだからな。それは仕方ないだろ」
「何言ってんだ。お前がいないとツメが切れない時点で、僕はお前より下だよ」
ぱちり。
「はい、終わり」
そう言ってツメ切りを机に置き、アカリを受け取ろうと手を伸ばす。……途端にアカリは床に降り立ってしまった。
「ほら」
残念に思いながら、飛び散ったであろうツメを回収するために掃除機をかける。僕にはだっこなんてさせてくれないくせに、彼にはあんなにも簡単に体を預ける。一緒に住んでるのは僕なのに。
「プライドが高いからな、ここのお姫様は。簡単には撫でさせてもくれない」
「でも、お前」
「そんなの、ツメを切るときだけだって。俺に早く帰ってほしいみたいだから」
「は?」
定位置におさまった掃除機から視線を移して疑問を投げかけた。そんなの、嘘だろ。
「お前とせっかく二人でいる時間を減らされてるから、ほら、ご機嫌斜めだ」
「いや、確かにアカリは今機嫌悪いみたいだけど……」
フラフラして落ち着かない。それがアカリのご機嫌メーター。
「じゃ、これ以上アカリに嫌われたくないし、帰るわ」
「あ、ああ。ありがと」
友人を玄関まで送ることもできないほど、僕は動揺していて。パタンと玄関のドアが閉まる音が聞こえると、アカリの機嫌は少し回復した。さて、にぼしの出番だ。アカリ。君は本当に僕のことが好きなのかな。……ほんとかな。でも、やっぱりツメ切りの時に彼が必要だということは間違いないみたいだ。にぼしの匂いをかぎつけたアカリを見ながら、確信した。


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 4 強い瞳と強い意志

 君との出会いは晴れた日の夕暮れ時だった。僕は学校帰りで、君は段ボールの中。まだ小さいっていうのに鳴くこともせず、凜とした姿でそこにいたんだ。
「君は捨てられたの?」
段ボールには何も書かれていないし、当の猫はまるで野良のように、生きていく力に満ちあふれていると思った。だから、望んでそこを寝床にしているとしても、違和感がなかったんだ。しゃがみ込んだ僕と、君の目が交わった。僕はその瞬間、君を家に連れて行くことに決めた。持ち上げても抵抗されなかったし、何よりその強さに惹かれたから。
「さあ、行こうか」
思えばその時が君を抱いた最初で最後だ。
 飼う、というよりかは、友人を家に招くといったほうが近い心情だった。ただ、その友人は、思った以上に気まぐれで、思った以上に女王様で。そして、あれからずっと僕の家にいる。
 アカリ。僕は君を今でも友人だと思っているけど、君はどうなんだろう。あの時と変わらない目で僕じゃなく、にぼしを見つめるアカリに、心の中で問いかけてみる。


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 5 それはまるで手放した風船のように

 「あのさ、アカリ」
にぼしを与えながら話しかける。
「君は……」
言いかけて思いとどまった。僕の言うことを理解しているかどうかも分からないのに、本人に聞くなんてどうかしてる。
「みゃー」
袋につっこまれた手を早く出せ、と言うのかと思いきや、その目は何だか続きを促しているようだった。なぜなら、視線がめったにない僕に向けられている。そんなことで判断できるなんて悲しいことだけど、本当だ。
「僕は、アカリが、好きなんだけどさ、君は」
猫相手にこんなに緊張するなんて馬鹿げてると思われるかもしれない。でも僕は実際、アカリの方を見られないくらい緊張していた。
「君は……僕のこと、好き、かな」
呟くように尋ねてみる。
「……なー」
ばっと顔を向けると、すでににぼしにそらされた視線があった。最近分かってきた。こういう時のアカリは照れ隠しなんだ。今のを人語で言うと、
「まあ、嫌いじゃないけど?」
って感じかな。でも僕にとってはそれで十分だ。気分が上昇するのが自分でも分かる。一気に二匹もにぼしをやって、にやける僕。
 ふわふわとして曖昧な関係の僕達だけど、これでいいと思ってる。本当はどこへだって行けるのに、こうしてこの家に帰っていて僕の側にいてくれる。僕はそれで満足なんだ。移動したかと思えば、ソファに座る僕のちょうど真後ろで丸まった君を見てそう思った。


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