04
 あの後も少し話は進み、王様の好意でこの城に住まわせてもらえることになった。期限は、私が向こうに帰るまで。そうは言っても、帰れる目処なんて全く立っていないのだから、実際には無期限と一緒だ。
「敷地内に居住館があるから、そこに住んでほしい。麓尺も一緒だから安心だろうし」
「お気遣いありがとうございます! 私はほんとに、置いてもらえるならどこでも構いませんから」
 追い出されるんじゃないだろうかと怯えたりしていたけど、そんな心配は全くなかった。この国の人はみんなそうなんだろうか。どこか、優しすぎるような気がしていた。
「じゃあさっそく案内してあげて」
 王様が麓尺さんに向かって言う。
「かしこまりました。では、失礼いたします」
 綺麗に頭を下げる麓尺さんとは違い、私はぺこりという効果音がお似合いの会釈しかできなかった。そして王様に背を向け、麓尺さんの後を追う。扉を開け、向こう側で待つ彼に少し駆け寄るような形で追いついた。すると、すぐに閉ざされるそれに違和感を覚える。
「あれ?」
「どうかしましたか?」
「……アオイさんは、出なくてもよかったんですか?」
 そう、アオイさんがいないのだ。ここに来るまで気づかない私も私だけれど。
「ああ、あの方はよく分かりませんから」
 それだけで済ましてしまっていいものか。
「まあ、そうですね」
 いや、済ましてしまってもいいぐらいの言動を目の当たりにしてきた。だから、私は麓尺さんの言葉を素直に受け止め、アオイさんのことは気にせず再び彼と連れ立って歩き始めることにした。階段部屋に、ペタペタと音が響く。

 重厚な、それでいて静かな音が鳴った。
「驚いたよ」
「僕は初め、気づかなかったんだけどね」
「それにも驚いた」
 アオイは玉座へ歩み寄る。
「どこか因果めいていると思わないかい?」
「確かに、今この状況下でショウカ様に瓜二つの彼女が現れたことには、運命的な物を感じるね」
 王は玉座を降り、アオイと並んだ。見た目は質素ながら、よくよく見てみると高価な物に身を包む王。ぼさぼさの髪にくたびれた白衣を肩に掛けるアオイ。対照的なその見た目に反して、放つ雰囲気には似通ったところがあった。
「錦にばれたらうるさいだろうな」
「佳月ちゃんを全面に出すなら、その覚悟はないとね。どちらの方に利があるか考えてみることだ」
「そんなのは、当然分かってる。でも……」
「彼女がかわいそうだって?」
 首を傾け、何でもないことのように言う。
「何も分からないまま、何も知らされず、この国に巻き込まれていくんだね、あの子は」
「教えたってどうにもならない。それこそふさぎ込まれたら終わりだ。これは好機だよ、奏」
 特に強い口調というわけでもないのだが、強引さを含む声色である。
「ああ、そうだね。力があるかないかを確認してからでも遅くはない、か。アオイは、彼女にショウカ様と同じ力が宿っていると思う?」
「さあどうだろう」
 即答だった。
「泉に触れさせてみないと分からないな」
「死ぬかもしれないよ?」
「その時はその時さ」
「何か、変わるだろうか」
 聞かれたアオイは口を少し開いて、そのまま何も言わずに閉じた。かと思えば
「奏は僕に尋ねてばかりだね」
 と言う。
「しかたないさ。普段私は尋ねられてばかりだもの。お前しか尋ねる相手はいないんだよ」
 目線を下げて
「そうかい」
 と言葉を漏らした。
「とにかく、泉と接触させるときには呼んでね。遠くからでも見ておきたいから」
「ああ、分かった。……それじゃあ僕はもう行くよ」
「たまには家に帰ってみたら?」
 背を向けて歩き出したアオイに向かって声をかける。
「冗談」
 乾いた笑いと共に返された言葉は、振り向かずに発せられたとはいえ、静かな室内では十分王の耳まで届いた。

 久々に、外の空気を吸ったような気がする。いや、実際そうだ。ホラ貝の中にいた時間は結構長かったと思うから。階段部屋をくるくると降りていき、二つ目の扉で外に出た。そして、やがて現れた大きな正面玄関のようなところをくぐると、新鮮な空気が肺を満たした。
「もう夕飯時ですから、城内に人はあまりいません」
 もうそんな時間だったのか。あまり日光の差さない場所ばかりにいたからか、すでに外が暗くなり始めていたことに気づかなかった。そもそも、ホラ貝から出てきた時点での時間が分からないのでそれも仕方ないか。
 出てきた建物は本館だと教えられながら後をついていく。壁に沿って歩いていくと、とぎれた先に大きな柱が現れた。ちらりと上を見やると、渡り廊下のようなものがあり、隣の塔らしき建物と繋がっている。
「ああ、あれは回廊です。その先にあるのが主塔で、王と王子が寝泊まりをする場所」
 立ち止まった私に気づいてか、そう説明してくれた。王子様もいるのか。けど、どうやら王妃様はいないらしい。
「?」
 ふと上げていた視線を下げると、柱の向こうに何かが見えた。太い柱のせいでよく見えず、頭をあっち向けこっち向けして目をこらす。
「あれは、何?」
 結局よく分からなくて、変な行動をしていた私を見守る麓尺さんに聞いてみた。
「あれは……泉です。見て、みますか?」
 明らかに気分が落ちたような、無理矢理感情を表に出さないように努めているような、そんな言い方。でもそんなのには気づかないふりをして、
「見てもいいのなら、見たいです」
 と言った。だって、無性に気になるんだもん。じゃり、じゃり、と音を立てながら近づいていく。だんだんと露わになるその姿。息を、飲んだ。
「こ、れは」
 麓尺さんは泉だと言ったけれど、私の知る「泉」と同じ言葉だったのだろうか。そこにあるのは水、なんだろうと思う。わずかな空気の揺れにもさざ波がたっているから。しかし 「どうして黒いの……」
 色がおかしかった。濁っているわけではなさそうである。何しろ、黒いのだから。吸い込まれそうな闇が、そこにはあった。
「名を罪の泉と言い、この国で犯された罪は全て、この泉に落ちるとされています。そして泉の色の濃淡で、国政の安定を人々は量るのです」
「罪の泉」
「そうです。あなたの世界にはなかったようですね」
 こんなの、知らない。あったのか、なかったのかも分からない。
「なかったと思う」
「では、この泉の罪を狙う存在も知らないのでしょうね」
「そんなのがいるの?」
 罪を狙ってどうしようというのか。そもそも、泉から罪という抽象的なものだけを選んで狙うことなんてできるのだろうか。
「妖、と呼んでいます。それからこの泉の罪を護るのも、我々の仕事の内なのです」
 風が、背後から通りすぎていった。少し肌寒い。たゆたう黒を見つめる。
「罪を護ってるの? 変な世界だね、ここは」
 単純に、思ったことをそのまま口に出した。
「変、ですか」
 隣で、薄く笑う気配がした。